松江にも運ばれた石材

久多見石は,約1500万年前の細粒~中粒の砂岩である。岩石としては長石質アレナイトに分類され、角張った長石・石英・岩片粒子により構成されている。この砂岩は塊状で加工が容易であるため、古くから「久多見石」として石碑や石塔などに利用されてきた。来待石とよく似た岩相をもつが、それよりもやや細い粒度と風化形態の違いがあげられている。

延命地蔵尊周辺は久多見石の石切場として多くの石が切り出された場所である。

月照寺の大亀(寿蔵碑)

江戸時代松江藩の7代藩主治郷(はるさと:不昧公)は、この久多見石を切り出して、菩提寺である月照寺にある父の宗衍(むねのぶ:6代藩主)の廟所に大亀の上に碑の立つ寿蔵碑を建立しました。しかし、その石材とした久多見の大岩は、クタン大神が逗留したと伝わる神石で、神威を恐れた不昧公は、お抱えの絵師に、残った岩に延命地蔵尊を線刻させて崇めた。こうしたことから延命地蔵尊は親孝行岩として現在も信仰されている。

また、大亀は夜な夜な松江の街を徘徊し、下の蓮池にある水を飲み、「母岩恋し、久多見恋し…」と、町中を暴れ回ったという伝説がある。この話は小泉八雲の随筆『知られざる日本の面影』で紹介されている。現在では、この大亀の頭を撫でると長生きできると言われている。

月照寺

久多見石の大亀のある月照寺は、歴代松江藩主松平家の菩提寺で、初代藩主松平直政の母の月照院の名が寺号である。唐門をくぐって真正面に見えるのが、茶の湯を愛し、松江にその文化を広めた第7代藩主不昧公の廟である。廟門は、指物の名工として不昧公お抱えの職人であった小林如泥作といわれており、不昧公の好物だったブドウが透かし彫りにされている。

延命地蔵尊の場所は、久多美コミュニティセンター(TEL:0853-63-1374)で聞くと詳しく教えてもらえます。地図ルートにあるように、広域農道から約700m入ると、溜池の横に登り口の案内看板等が立っており、そこに車2台程度が止められます。そこから、なだらかな山道を400mほど、約15分程度で到着します。

延命地蔵尊の入り口