蛇行河道に切り通し作る

日吉の切り通しは、1650(慶安3)年、村の大百姓、周藤彌兵衛家正によって始められた。意宇川の氾濫を防ぐため、約1400万年前の普通輝石角閃石デイサイト溶岩からなる細尾根を開削し、蛇行河道を短絡したものである。切り通しの開削により放棄された旧蛇行河道の地形が約1.7kmにわたって明瞭に残っている。大地の歴史と人の暮らし、自然災害とのつながりを物語るジオサイトである。

地図は国道432号から日吉の切り通しまでのおよそ350mのルートを示しています。周藤彌兵衛の像は、切り通しに向かって曲がる国道の反対側の道路下にあります。