その名のとおり赤い海岸

赤浦海岸は、15cm以下の円礫が海岸全体を覆う礫浜海岸である。礫の構成は、流紋岩と安山岩の2種類の岩石よりなる。流紋岩は、灰白色、黄褐色、淡赤色、赤色、淡緑色、緑青色など多様な色合いを示すが、赤色系の礫が全体の約70%を占める。赤浦海岸の赤色礫の供給先については、よく分かっていない。
一畑薬師の本尊・薬師如来像(木造秘仏)の由来がこの海岸であり、古来一畑薬師を信仰する人々によって聖地とされる。この赤浦の海岸の石は持ち出し禁止とされ、持ち出すと災いが及ぶと、伝えられている。

一畑薬師の本尊・薬師如来像(木造秘仏)が赤浦海岸で発見された伝説がある。『ある日、与市という漁師が赤浦に漁に行き海の上を旋回して飛ぶミサゴという海鳥を見つけ、その廻り飛ぶ様子を不思議に思って舟を近づけると、海中に光るものがあり、それを掬い上げるとお像であったので、持ち帰って家に安置した。その後、旅の僧が一夜の宿を求めたので快く泊めた時、お像を見て「これは、左手に薬壷、右手に施無畏の印を示しておられる。間違いなく薬師如来である。直ちにどこかよい霊地を選んで安置するように」と言い残して行ってしまった。そしてまた、与市の夢枕に薬師如来が現れて、「親孝行な与市よ、あなたの信仰心の深さを示すため、あの百丈が滝から跳び降りなさい。そうすれば母親の眼は治ります。」と告げたのです。与市は決心をし、身体に千把のワラを巻きつけ、「えーいっ」と跳び降りました。そこへ、わが子を案じて手探りで駆け寄った母の眼は見事に開き、与市としっかりと抱き合いお互いの無事を喜びました。そして、薬師如来像を安置する場所を求めて出立し、不思議な縁に引かれて一畑薬師の地にたどり着き、四間四面のお堂を作って安置しました。』これが、寛平6年(894年)4月8日のことと伝えられており、一畑薬師創建の年となっている。

一畑薬師の赤浦参拝

一畑薬師

開基は894(寛平6)年という臨済宗妙心寺派の寺院。寺院の北西、島根半島沿岸の赤浦海岸で、漁師の与市が海中から引き上げた薬師如来を御本尊としてお祀りしたのが始まりとされる。島根半島四十二浦巡りの満願祈願所であり、潮汲みして巡った竹筒や藻葉が奉納されている。現在は「目のお薬師」として知られ、1300段余の石段を登り切るマラソン大会でも全国的に知られている。

赤浦に行くルートは二つあり、一つは佐香コミュニティセンターの入口から海岸へ降りて行く道を行くもので約1km、約30分で行くことができます。もう一つは、坂浦漁港の西側奥から山越えをして行くもので、こちらも約1km、約30分です。地図のルートは、佐香コミュニティセンターから赤浦を経由して坂浦漁港に至るものです。このルートは中国自然歩道になっており、道は地元で整備されて、険しい場所は階段が設置されていて、階段の段数は多いですが歩きやすいです。

佐香コミセンから赤浦へ

坂浦ルートで遠望できる千把ヶ滝(別名:百丈ヶ滝)は雨の後にだけ海から見えると言われています。

正面の崖が千把ヶ滝